タマザワの日常

タマザワのリアルな本音を吐き出します

本当に利己主義の人は利他的な行動をとることについて

 

 

皆さんこんにちは

 

欲深くて自己中心的で利己主義なタマザワです。

 

さて、皆さんに1つお伺いしたいのですが、皆さんは何のために仕事をしていますか?

 

そしてもう1つ、その仕事はお金は手に入るが誰1人として幸せにしないことだとしてもしますか?

 

手に入るのはお金だけ。

家族も恋人もペットでさえ喜ばない。

お金を支払う人でさえ喜ばない。

 

確かにそういう仕事をしている人はいます。

 

人を不幸にして多額のお金を手に入れる人です。

 

そして人はその人を利己主義だと言います。

 

でも考えてみてください。

みなさんは、おそらくそれをしないと答えたはずです。


もしくは、続けていくうちに嫌になってくると想像する人が大半だと思います。

 

何故なら、罪悪感に苛まれ、自分の存在意義に疑問を持つからです。

 

人間は良くも悪くも社会的な動物です。

人の中でしか生きられません。

誰かの役に立っている感じがなければやっていけないのです。

 

だからこそ、本当の利己主義の人は

本当に人のためになることをします。

 

そして、人のためになることで稼いだそのお金を、次は家族や親しい人のために使います。

 

そしてちょっとだけ、自分へのご褒美として冷えた美味しいビールを買うためにお金を使うのです。

 

そうすることが一番の幸せだと知ってるからです。

 

でも、難しいのは本当に人のためになる仕事を見つけることです。

 

僕は世の中の仕事の多くが、誰かを幸せにする代わりに誰かを不幸せにする仕事だと思っています。


そういう社会だからです。競争をして、勝つ人と負ける人が出てくる社会です。

 

「家族を養うためになら、他の人、あるいは自分が不幸なる仕事だってする。」

「殺さなきゃ祖国を守れないなら、戦争に行って人殺しだってする。」


極端な例ですが、戦争なんかは過去に実際歩んで来た道ですよね。

 

大事な人の役に立つために、他の人を蹴落とす。

そういった環境で僕らは仕事をしています。

 

それは自分が直接的に関わってる人だけでなく、地球の裏に住む人々に対しても同じです。


先進国の人が豊かになればなるほど、貧困国の人たちは貧しくなっていく状況もあります。


先進国の人たちが、物価の差を利用して、貧困国の人たちを使い、そして利益は先進国の方が多くを取っていきます。


差が広がるのは当たり前なことですよね。


僕の言葉をきいて、

「お前は人類みんなが幸せになる仕事をしたいって?綺麗事を言うな偽善者め」

と、そう思いますか??

 

答えは

「そうです。だって言ったじゃないですか。僕は欲深くて自己中心的で利己主義な人間だって。」

 

(終)

ラーメンってなんやねーん!

 

 

皆さんこんにちは

 

ラーメン大好きタマザワです。

 

ラーメン嫌いな人、手を挙げてください。

この文章を読んでいる人の中に一体どれくらいいるのでしょうか。

 

いや、恐らくいないと思います。

 

なぜ断言したのかは僕にも謎なのですが、

ラーメンが嫌いな人を人生で見たことがないのです。

 

そして中には熱狂的なラーメンファンがいるくらいです。

 

誰からも嫌われず、

そして多くの人に愛されるラーメン。

 

という訳で本日は、

ラーメンとは何なのか

 

その実態に迫ります。

 

それではいってみよう。

 

ということでいつものようにコトバンクを使っていきます。

 

ラーメンで検索…

 

国風のめんの一種で,細ひも状に伸ばしたものの呼称。スープの味付けにより,しょうゆラーメン,みそラーメン,塩ラーメンなどに分けられる。

 

ラーメンは麵のことを指しており、

スープによって味付けられるようです。

 

…当たり前すぎていて

書くのが辛いです。

 

ちなみにラーメンは小麦粉と水と、

「かん水」で作られます。

 

かん水というのは食品添加物の一種で、

炭酸ナトリウムや炭酸カリウムなどが溶かされた

アルカリ性の水溶液みたいです。

 

このかんすいを加えることで小麦粉のグルテンと結びつき、

麺に「弾力性(コシ)」と「しなやかさ(のび)」が出来るのだそうです。

 

また中華麺が黄色い理由も、かんすいにあり、

小麦のフラボンという物質と結びつくことで色が変化するんだとか。

 

かんすいとして指定されているアルカリ性物質は16種類以上あり、

混ぜる種類や、割合によって、麺の特徴が変わるそうです。

 

麺の弾力や舌触りって、かんすいにあったんですね。

 

でもそれだけではないはず。

麺についてもっと知るために検索をかけてみます。

 

麺の舌触りを決める要因として挙げらる要因が3つ出てきました。

 

「加水率」

 

「麺の太さ」

 

「麺の形状」

 

それぞれ見ていくと

加水率とは、小麦粉と混ぜる水の量のことらしいです。

 

加水率が高ければ高いほど、

麺の表面はつるりとして、のど越しがよく、

逆に低ければ低いほど

スープを吸いやすいためスープに絡みやすいといいます。

 

そして次に

麺の太さ、麺の形状に関してですが

これもスープとの相性に大きく関わっておりまして、

麺が太ければ太いほど、スープに絡みやすく

形状に関しては、縮れ麺の方が絡むようです。

 

そのため、こってりしているスープには

ストレートで加水率が高くストレートの細麺が合うとされており、

反対にあっさりしたラーメンは加水率が低く太い縮れ麺が合うらしいです。

 

ラーメンってなんか奥が深く思えてきました。

 

水の量、かんすいの成分、麺の太さ、麺の形状

 

それぞれが麺の特徴を作る重要な要素になるのであれば、

それの核となる小麦粉は相当重要なはず。

 

小麦粉を調べてみましょう。

 

まず、ラーメンに使われる小麦粉は強力粉らしいです。

 

僕は全く無知なので知って面白かったのですが

小麦粉ってたくさん種類があるんですね(笑)

 

強力粉はグルテンの含有量が多く、質が高いものを指すようで、

硬質小麦という種類からできるそうです。

 

先ほども書きましたが、

このグルテンとかんすい(アルカリ性物質)が結びつくことで弾力が生まれるため、

グルテンの含有量が多い強力粉が中華めんに適しているという訳です。

 

ただ主にグルテンの量で小麦粉を見てきましたが、

同じ強力粉でも生産地の違いで風味などが異なるようです。

 

恐らく、職人は数ある小麦粉中から選び抜いた小麦粉を配合して

オリジナルの麺を作っているのでしょうね。

 

小麦粉、水、かんすい

 

このシンプルな材料から出来るラーメンというものを僕は誤解していました。

 

材料に見合わずめちゃくちゃ奥深いじゃないですか。

 

そしてラーメンが何故ここまで人々を魅了するのか少しわかった気がします。

 

それは探求心だと思います。

 

今回はスープには触れておりませんが、

麺だけでもこれだけの奥深さがあるのです。

 

職人はより美味しいラーメンを作り出そうと

日々心を躍らせて研究をして

そしてそれを食べる私たちももっと美味しい一杯を食べたいと

探し求めます。

 

たかが麺、されど麺。

 

お昼に食べたのに

またラーメンが食べたくなってきました。

 

(終)

 

ちょっと長めの追伸(けっこう面白いこと書きました):

 

ラーメンが人気の理由をググってしまいました(笑)

 

そしたらケンブリッジ大学バラック・クシュナー准教授が面白いことをいっているのを見つけました。

 

「ラーメンが人気なのはそれがプラットフォームフードだから」というのです。

 

どういうことかと言いますと

ラーメンは好みに応じて使える食材を変えられるということです。

 

麺もそうですが

スープ、海苔やチャーシューなどの具材などを好みによって使い分けれます。

 

要するに、ラーメンというのはとても抽象的な食べ物なんです。

 

中華麺が入っていればラーメンと名乗れることが出来ますから、

後の味付けや具材は自由なのです。

 

確かに小麦粉と水でできた中華麺そのものを嫌いという人はいませんよね(笑)

そもそもラーメンが好きか嫌いかという質問はナンセンスに感じてきてしまうほどです。

 

では本日のまとめです。

 

まずラーメンが誰にも嫌われない理由、

それはプラットフォームフードだから(=抽象的すぎて判断できないから)です。

 

これが太麺の豚骨ラーメンなどと具体的にすればするほど

嫌いな人も出てくると思います。

 

ですが、特に指定がなく、

自分の好みに出来る状態で

ラーメンが嫌いかを聞かれたら

嫌いじゃないと答えるのはあながち普通なのかもしれません。

 

そしてラーメンに熱狂的なファンが多い理由は

探求心をくすぐるほど奥の深い料理だからです。

 

自分の好みにカスタマイズできるということは

それだけ夢中になる人がいるのも納得できる気がします。

 

特に先進国にみられる傾向ですが

豊かになればなるほど自分だけのオリジナルが欲しいという

欲求があるようです。

 

みんなが持ってるから私も欲しいという感覚から

私だけのものが欲しいという感覚に代わっているそうです。

 

オーダーメード商品が流行っているのをみると

なんだかこれも納得がいっちゃいますね。

 

自分にあった一杯を探す。

 

うん。確かにロマンを感じるかも。

 

(終)

芸術ってなんやねーん!

 

 

皆さんこんにちは

 

前回の投稿から

かなり時間が空きましたタマザワです。

 

さて本日は、

忘れ去られたであろう前回の記事で話していた通り、「芸術」について調べていきたいと思います。

 

ちなみに今の僕の感覚だと

「芸術とは人の心に影響を与えるもの」

と思っております。

 

これが最後にはどう変わるのでしょうか。

皆さんはどう芸術を捉えますか?

宜しければ考えてお進みくださいませ。

 

まずは

辞書を使って調べていきます。

 

ちなみに私はいつも

コトバンク」というサイトを使っています。

 

これは世間から信頼のある100近くの辞書から

膨大な言葉を集めて作られているため、

言葉の定義を網羅的に見ることが可能であり

色々な角度から考察できます。

 

芸術を調べてみると

5つの辞書がヒットしました。

 

一通り目を通したら

長文かつ抽象表現が多く書かれていたので

僕がわかるところだけ抜粋して

解釈していきたいと思います。

 

ブリタニカ国際大百科事典より

 

「芸術とは他人と分ち合えるような美的な物体,環境,経験をつくりだす人間の創造活動,あるいはその活動による成果を指す。」

 

美的とは美しいと思う心のことですね。

 

また物体、環境、経験とありますから、

形が残るものだけが芸術ではなさそうです。

 

人間の創造的活動と対比されるものは

自然による活動だと考えれば、

芸術とは人が意図して作るもののようです。

 

芸術は伝統的に文芸と美術とに分類される。文芸は言語や理論による表現技術で,美術は純粋な美の追求をより重視するものである。

 

これは表現の仕方によって、芸術を2つに分けれるということを言っているのでしょうか。

 

美しさを感じられる作品が、

言葉によるものなら文芸。

それ以外(音楽、絵画、彫刻や建築物など)は美術だといっているものだと思われます。

 

また、美術は純粋な美の追求をより重視するものと書かれていることを踏まえると、

文芸よりも、音楽や絵画などのものの方が

美の追求をしていることになりますが、

そこはどのような観点でそう言えるのかは

疑問です。

 

別の辞書をみてみましょう。

 

世界大百貨店 第2版より

 

「芸術とは作品の創作と鑑賞によって精神の充実体験を追求する文化活動。文学、音楽、造形美術、演劇、舞踊、映画などの総称。」

 

芸術が精神の充実体験と表されているのを見ると

この辞書においては必ずしも美の要素が芸術に必要なのではないのでしょうか。

 

芸術を芸術たらしめているものとして、三つの契機をあげることができる。「わざ」と知と作品である。力点の置き方はさまざまであっても、この三者の総合が芸術である。芸術における知は、学問的な知のように概念的言語によって説明される種類のものではなく、あるいは実際の創作によって体得される「かん」や「こつ」のようなものであり、あるいはその作品の鑑賞によってしかみえてこない境地のようなものである。

 

芸術を構成する3要素が出てまいりました。

 

「わざ」とは恐らく技術のことであり、

知とは書かれている通り、学校で習うような知識ではなく直感やセンスといったものだと僕は解釈しました。

 

直感やセンスによって設計図を作り

技術によってそれを作品にしていくこと。

それが芸術を作り出す工程と言えそうです。

 

できる限り充実した体験を可能にするということが、芸術作品の使命である。特定の目的に鎖(とざ)されていない作品は、作者にとっても鑑賞者にとっても緊張の結晶であり、泉のように多様な意味を湧(わ)き出させるものとして、それはオリジナルな世界である。このオリジナルな世界は作者の個性を刻印した「作者の世界」だが、作者の意図を超えた可能性をはらんでいるという意味では、作者1人のものではなく、自律的な世界である。作者の意図を超えた意味を掘り起こすのは、鑑賞者の解釈である。したがって芸術作品の世界は、可能な限りの高みを目ざす芸術家の冒険の精神によって生み出され、最大限の意味充実を求める鑑賞者の本性的な志向性によって現実化されるものである。

 

長く引用しましたが

どうやら、やはり最終的に作品に芸術性を感じるかどうかはその鑑賞者によるようです。

 

このようにしてみえてくる作品世界の意味充実が、美である。

 

本日の疑問をまとめてくれたような一文です。

もしかしたら、芸術を考える際に大事なのは

美というものに対する考え方かもしれません。

 

芸術においての「美」とは

僕らが普段述べる美しいという感覚よりは

驚きや感動に近い気がします。

 

また芸術は、感動などの気持ちで完結するものではなくその気持ちを言語に落とし込んでいく作業が

新しい発見を生み、作品の見方に変化を与えて

また驚きや感動を引き起こすようです。

 

これまで2つの辞書の解説をみてきましたが、

僕なりの解釈を最後にまとめたいと思います。

 

タマザワの解釈より

 

「芸術とは直感と、それを形にする技術によって生まれた人の創作物であり、それは、その作品自体と鑑賞する者の解釈によって、鑑賞者に驚きと

感動を引き起こすものである。したがって、作品が芸術かそうでないかを決めるのは難しく、それは人の心に影響を与える程度の問題でもあるといえる。」

 

一応このように芸術を定義したものの

正直まだ腑に落ちていない面があるのは事実です。

 

ただ、書き始めたときよりも少しは

芸術とは何かに答えれるようになったかなと

思います。

 

あとは、たくさんの芸術作品をみて

自分と向き合い、作品に意味をつけていくことが

より深く芸術を理解することに繋がるのだと思います。

 

また芸術について理解が深まったら

この記事の続きを書こうと思います。

 

とりあえず、

美術館に行きたくなりました(笑)

 

完全に書きたくて書いている文章ですが

少しでも皆さんの芸術に対する考えに影響を

与えられていたら幸いです。

 

お読みいただきありがとうございました。

 

(終)

ピアノ始めました

 

皆さんこんにちは

 

最近ピアノを始めたタマザワです。

 

先週、体調壊したこともあって

ここ一週間ほとんど家に引きこもってました。

 

ニートで引きこもり

 

社会的に好ましくない言葉が

出てきましたが、僕的に好ましくないのは

 

とにかく

暇!!!!!

 

ふざけるな!

大事な時間を家でこんな浪費させやがって!!!

 

とまあ思っていたわけでございます。

 

ただ、わめいても仕方ないので

始めたんです、ピアノを。

 

家に電子ピアノがなぜかあるので

とりあえず近くの書店に行って、

ピアノ入門みたいな本を買ってきました。

 

ちなみにわたくし、全く音楽できません。

 

小学生の頃のリコーダーすら

みんなに合わせて、空吹きしておりました。

 

指もとりあえずみんなとワンテンポずらして

追いかけてました。

 

テストのときはとりあえず死亡してました。

 

当然、楽譜も読めないので

もう本当に絶望的な状況のもと

ピアノを始めたんです。

※適当に選んで買った教材には

ドとかレとか書いてありました。ラッキー。

 

さてハードルを下げるのはこれくらいでいいでしょう。

 

とりあえず、4日間でド素人がどうなったかを

気になりましたらお聴きください。

 

Dropbox - ピアノ .m4a

 

とりあえず言い訳させてください

右だけならもっとうまいんですよ!!(説得力ないよ)

※割と練習しました。

 

曲はバッハ作曲の「メヌエット」って名前らしいです。

弾いたのはその一部分だと思われます。

 

そして弾いてみた感想

「意外に楽しい!」

 

音楽はセンスって思い込んでいたのですが

楽しさにセンスなんて関係ないなと思いました(笑)

 

やっぱり出来るようになる過程が

まずは楽しいのかもしれませんね。

 

そこからは人に褒められたりするのが

嬉しくなったり、

さらにその先は人に喜んでもらいたくてやったり

 

なんでも、そういう段階があるのかと思います。

 

つまり、何でもやってみないと

面白いか分からないんだなあっね思います(笑)

 

 

 

さて、ここからが僕が書きたいことです。

 

いつも前置き長いですね、書いてから思います(笑)

 

ピアノを通して、僕は初めて世間から芸術と

呼ばれるものを体験しております。

 

芸術というと、みなさんどんな印象を受けます

でしょうか。

 

 僕は芸術とは

人の心になんらかの影響を与えるものだと

思っています。

 

ただ、そう定義してしまうと

結構色々なものが芸術になっちゃうんですよね。

 

例えば

「7つの習慣」や「夢を叶える象」などの

有名な自己啓発本は芸術でしょうか。

 

これらは

人の心になんらかの影響を与えているため

ベストセラーになりましたが、

あれを芸術と呼べるかは疑問です。

 

では、小説の「吾輩は猫である」や「坊ちゃん」などはどうでしょうか。

 

同じくベストセラーの本でもあれなら

芸術と呼べる気がします。

 

あ、あくまで僕の感覚ですよ!(笑)

 

自己啓発本も小説も

同じ本でありながら

芸術としての認識は僕の中では

違っているんです。

 

あれ、おかしいな

 

となんだか変な気分と一緒に

 

芸術とは一体なんなのかという

素朴な疑問が頭に浮かんだんです。

 

ということで明日は芸術とは何なのか

調べていきたいと思います。

 

(続)

僕がブログを始めたきっかけ

 

 

皆さんこんにちは

 

ブログを初めて丁度1か月になりました

タマザワです。

 

本日はこの機会ですのでブログを始めた

きっかけを話したいと思います。

 

と、その前に

一か月で投稿した記事が20記事

そしてページを開いてくれた回数が2500回、

読者になって下さった方が55人になりました。

 

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まずはお礼申し上げます。

やはり見てくださる方がいらっしゃるのは

とても嬉しいです。

またコメントくれたり面白いと声掛けして

くださった時には心のそこから震えあがりました。

 

さて僕は一か月前にブログをはじめました。

 

きっかけはニートになり、

やることがなく退屈な時に

彼女に勧められたからです。

 

そして教えてもらったものが

この「はてなブログ」でした。

 

ブログを含め

情報発信はずっとやりたいと

思っていました。

 

ただ今じゃないと思って

ほとんどの人気SNSアプリは

やらずに先送りにしていました。

 

やはり、一度ネットに流れてしまえば

一生データとして残りかねないことと、

それによる自分の印象が決まってしまう

という恐れがあったからです。

 

例えば、意図とはそれて

誤解を生む表現をしてしまったりしたら

それだけで印象は悪くなってしまいます。

 

ある意味、危険なものであり、

しかしうまく使えば、大きな影響力を

発揮することができるという理解が

僕にとってのSNSでした。

 

ですから、もう少し社会を理解して

表現力を豊かにしてから、

戦略的にSNSを利用しようと思っていたんです。

 

でも、ニートになり

未来のことを考えて生きるのをやめ

今を楽しもうとしてからは

戦略的なんてどうでもよくなり

今はやりたいままにブログを書けています。

 

まだ時々、未来のことを考える癖からは

抜け切れず、何も社会に貢献していない

と自己嫌悪に陥ることがあります。

 

それでも今の積み重ねが未来に繋がるのであり、

今を楽しめてない人がどうして未来を楽しめるのかと

そんな反語を胸に刻んで生きております。

 

そしてまた、ニートになり

色々社会のことを考えるようになりました。

 

社会に貢献していないという自己嫌悪と

ありますが、「社会貢献」とは本質的に

何なのか、僕はまだ知らないではありませんか。

 

情報収集しながら頭を使って考えることで

これまでの受け身な知識とは違った学びの楽しさ

を得ております。

 

最近では

インスタも利用し始めて

SNSは何も考えずに表現の場として

利用しております。

 

インスタはまだ僕が好きな猫の写真しか

載せていませんが、写真という表現で皆さんを

楽しませれればと思っておりますので

興味があれば覗いてもらえればと思います。

 

www.instagram.com

 

これからも

このニートタマザワ、

自分のことを包み隠さず

発信していきますので

お付き合いお願いいたします。

 

…あれ、なんかインスタの告知みたいな

記事になってないか?

 

(終)

そもそも健康ってなんやねん②

 

 

皆さんこんにちは

 

生活習慣を整える努力をしております

タマザワです。

 

本日は昨日に引き続き

健康管理とはなにかを考えていきたいと思います。

 

さて昨日の時点で

 

体調(健康)管理とは

肉体的、精神的に異常がなく、

かつ、それを持続させていく力を

行使すること

 

と定義いたしました。

 

本日は

その肉体的、精神的に異常が

無い状態をもう少し具体的にしていきたいと

思います。

 

異常というと

思い浮かぶのが病気ですよね。

 

病気を辞書で調べてみましょう。

 

病気とは

生体がその形態や生理・精神状態に障害をきたし

苦痛や不快感を伴い、健康的な日常生活を営めない

状態のこと。

※goo辞書

 

この記述は逆に言えば、

障害をきたして苦痛や不快感を

伴ったとしても、健康的な日常生活を営めるなら

それは病気ではないと捉えられますね。

 

また日本大百科全書において

面白い記述を発見いたしました。

私にとって難しく分からない箇所が多かった

ため、一部抜粋して下記に記述いたします。

 

病気とは実体のないもののため

自然科学的に定義することが難しく、

社会や文化による決め事のようなものである。

 

これは、症状自体は同じものの、それを病気か、

そうでないかを判断するのは社会によって異なる

ということであり、医学の考え方によって異なる

ということを示しているのだと思います。

 

その事例の一つとして

マラリアという症状は、リベリアのマノ人の間では

ほとんどの人が経験しているという理由で病気とされなかった

ことがあげられています。

 

これまで「健康とは異常がないこと」

という定義から「異常とは何か」を探ってきましたが

どうやら、異常というものは定まった

ものではなく、むしろ社会が恣意的に作る

論理のもと決められることがわかりました。

 

論理を人が決めるのは当たり前なのですが

その基準が世界で統一されているわけではない

とすれば、判断するのは難しくなってきます。

 

先ほどの辞書の病気の定義とまとめると

 

病気とは

健康生活に異常をきたす症状であり、

その異常かどうかの判断は社会や文化に

よって違うということになります。

 

………

 

ここで気が付きましたが

WHO憲章の健康の記述を昨日のブログで取り上げましたが

あの記述が抽象的なのは、時代や社会によって

健康の解釈が変わるからではないでしょうか。

 

確かに言葉によって健康の意味合いの範囲は決まるものの

具体的な健康の定義や取り組み方は

個々の社会の自由になっている印象を受けます。

 

もう少し簡単に言えば

方向性だけを決めて、あとは個々の社会の

状況や文化を尊重するというような

多様性を容認したアプローチに思えます。

 

まあ、思ったことを書いてみましたが

気付いてみれば当たり前ですね(笑)

 

というわけで

「健康とは異常がない状態」定義いたしましたが

そもそも、異常や正常というものが

しっかりと存在していないことがわかりました。

 

しかし、健康診断というものが存在することや

医者が日頃、人の体を診察している現状を

みると、確かにそこには何らかの基準が

あるように思われます。

 

自分が体調不良だったために

少し健康について考えようと思ったら

まさかこんなにも深かったとは思いませんでした。

 

次回に続くと思いますが

この記事の続きはもう少し勉強してから

書こうと思います。

 

付き合っていただきありがとうございました。

 

(終)

 

そもそも健康ってなんやねん

 

 

皆さんこんにちは

 

体調を崩しておりましたタマザワです。

 

ニートなのになにをしているのやら…

 

体調を崩してしまったら

何も楽しめません。

 

体調管理には本当に気を付けましょうね。

 

(終)

 

 ………

 

いやいやいや

それで終わるな

 

体調管理をしましょうって

何のブログやねん

 

もうちょっと

中身のある話をせんかい

 

ということで

本日は「体調管理」について

書こうと思います。

 

ただ、ここでは

体調管理のノウハウを書くというよりは

そもそも体調管理がなんなのかを探って

いきたいと思います。

 

それでは

まずは「体調」と「管理」を辞書で調べて

みましょう。

 

体調とは

体の調子、状態

 

管理とは

ある基準などから外れぬように

全体を統制すること

 

と出てきました。

※goo辞書

 

まとめます。

 

体調管理とは

体の状態を、「ある基準」から外れないように

全体を統制すること

 

のようです。

 

では、そのある基準とは

どこにラインがあるのでしょうか。

 

そしてまた、そのラインを決定付けている

ものはなんなのでしょうか。

 

体の調子を表す形容詞として

使われる言葉は「良い」です。

 

またここでの「良い」には

「健康」という意味が含まれていますよね。

 

これも辞書で調べてみます。

 

健康とは

①異常がないこと

②肉体にわるいところがないこと

③精神の働きやものの考え方が正常なこと

※goo辞書より

 

なるほど、異常(わるいところ)が

ないことを健康というのですね。

 

また健康には2つの基準があることが

分かりました。

 

「精神的な健康」と「肉体的な健康」

と分かれるようです。

 

さてここからは

辞書ではなく、「WHO(world health organaization)」

世界保健機関が定める健康についてみていきます。

 

~本文~

 

健康状態とは

病気でないとか、弱ってないとかではなく

肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも

すべてが満たされた状態にあることをいいます。

 

~途中省略~

 

変化の激しい環境に順応しながら生きていける力は

子供の健やかな成長に不可欠なことです。

 

※日本WHO公式ページ参照

 

健康の定義において

肉体や精神だけでなく

社会的に満たされること

という言葉がでました。

 

この社会的に満たされるとは

なんなのでしょうか。

 

私の解釈では

その後に出てくる「変化の激しい環境に順応する力」

のことを言っているのではないかと思います。

 

これまで調べたことを

全てまとめると

 

健康とは

肉体的、精神的に異常がなく、

かつ、それを持続させていく力を持っていること

 

になります。

 

では

「肉体的、精神的に異常がない状態とは

具体的にどんな状態なのか」

 

そして、

「それを持続させていく力」

とは何なのか。

 

今日はここまでにして

次回に続きたいと思います。

 

 

最後にもう一度。

 

みなさん、体調には

本当に気を付けていただきたいどす。

 

(終)

 

 

追伸:

WHO憲章本文には

「平和」や「基本的人権」など

他にも重要となる言葉が出てきて

おりました。

ここではあまり話を広げないように

あえて飛ばしましたが、健康という

言葉の奥はとても深いようです。